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2021年製薬業界系テクノロジーの10のトレンド
今日の製薬業界の技術進歩は早く、常に新製品が市場に出るようになっています。しかし、その中には少なくとも今後数ヶ月間のトレンドになるであろう、注目すべき新しいトレンドがいくつかあります。ここでは注目のトレンドのいくつかを紹介します。
1. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の余波
COVID-19のワクチン開発競争は、世界中の関係者が一つの目標に向かって突き進んだ、製薬業界のまれにみる現象といえ、この波紋は2021年、さらにその後にも広がっていくでしょう。マッキンゼーの調査では、製薬会社が今後数年間で直面するであろう、技術的な課題をいくつか挙げています。
- サプライチェーン
COVID-19はサプライチェーン業界における多くの問題をあぶりだしました。製造業者と流通業者は、説明責任と透明性を向上させながら、持続的なサービスを強化する必要があります。
- 働き方
従業員のリモートワークは今後も継続するでしょう。雇用主は、生産性とサイバーセキュリティに注意を払いながら、この移行を促進しなければなりません。
- データに基づいた意思決定
企業は分析プロセスを改善するために、データソースを一元化して標準化する必要があります。これによりリアルタイムデータに基づいた、より良い意思決定の基礎が得られます。
- デジタル医療
患者は診療所を避け、代わりに遠隔医療やその他のデジタルヘルスケアに移行しています。製薬会社は、この新しい患者と医師の関係における役割を理解する必要があります。
- 規制の見直し
今回のような激震は、HIIPA (医療保険の携行と責任に関する法律)やデータプライバシー法といった、規制の見直しにつながります。コンプライアンスチームは動向を監視し、規制要件に対するデジタルソリューションを考える必要があります。
COVID-19の影響を予測する方法はありません。しかし、一つだけ確実にわかっていることは、以前の慣習に戻ることはできないということです。今は大きな変化の時であり、これに最も早く適応できた者が勝者となります。
2. 医療従事者との接触のデジタル化
COVID-19は医療従事者に二重の影響を与えました。直接的には感染を介して、間接的には医療処置を中断させることで、(COVID-19)は多くの患者を重症化させました。このようななかで、医療従事者は患者との交流を制限し、遠隔医療のようなソリューションへと切り替えることを余儀なくされています。アクセンチュアの調査によると、COVID-19危機の間、医療従事者は診療所を訪れる患者数が78%減少したとあります。
このことは多くの製薬会社にとって、医療従事者との関わり方を再考する機会ともなっています。医療従事者の87%が、パンデミックが終わった後もバーチャル会議にこだわりたいと答えており、訪問営業はすでに過去のものになりつつあります。製薬会社の担当者は、Zoomやフェイスタイムを使って医師や意思決定者と連絡を取るようになり、コスト削減に役立つとみられています。
しかしその一方で、デジタルのノイズを打破して医療従事者とどうやってつながるかという問題も出てきます。営業や関係構築において、対面でのコミュニケーションは重要な要素です。営業担当者がデジタルでのやり取りを余儀なくされると、医師やその他の意思決定者との関係構築に影響を与える可能性があります。
医療従事者との接触がデジタル化されつつあるとはいえ、営業成功の鍵は対面でのコミュニケーションにあるかもしれません。一方で、COVID-19が自分たちの活動にどれほど影響を与えているかについて医薬品営業担当者が十分に理解をしていないのではないかと57%の医療従事者が感じている、という懸念すべき統計があります。医薬品営業担当は、共感性やコミュニケーション、創造的な手法を用いて医療従事者とつながり、COVID後の世界に向けた永続的なパートナーシップを構築していく必要があるでしょう。
3. NPLによるテキストマイニング
ヘルスケア部門は世界で最も膨大なデータを保有する分野です。臨床試験のノート、研究提案書、患者データなど、何十年にもわたる詳細な記録に私たちはアクセスすることができます。PubMed(パブメド)だけでも現在3,000万件以上の出版物があり、その数は年々増加しています。しかし、PubMedのような整然としたカタログでさえ、研究者は関連性のあるデータを見つけるのに苦労することがあります。ここがNLP(自然言語処理)の出番です。
NLPは言語解釈を扱う機械学習分野のひとつです。人間の言語は、矛盾、曖昧さ、冗長性が複雑に絡み合って、混沌としたものです。そのため基本的なテキスト検索では、関連性のある文書を見逃してしまい、関連性のない結果が返ってくることが多いのです。NLPは、英語や他の言語のフレーズの意味を解釈するための自己学習アルゴリズムを使用しており、これによってより複雑な検索が可能になっています。NLPを使用することで、研究開発チームはアーカイブを探索して、類似のケースについて過去に行った試験が記述された論文を見つけることができるようになります。このような調査方法を備えた開発チームは、何が有効なのかに焦点を当て、過去の失敗を回避し、より短い時間で結果を出すことができるようになります。
NLPはデータへのアクセスがあって初めて機能します。ファーマテックの分野では、文書の作成や保存方法を見直す必要があるかもしれません。多くの企業はすでに完全なデジタル化に着手していますが、いずれにしても、すべての記録をさらに一元化して標準化する方法を見つける必要があるでしょう。
4. AI主導の医薬品研究
AI(人工知能)はこの10年で飛躍的に進歩しました。2015年には、AI企業のAtomwise(アトムワイズ)がIBMやトロント大学と提携し、エボラ感染症に効果的な治療法を開発しました。Atomwiseのアルゴリズムは、既知の化合物についての高速分析を行い、最も効果的なソリューションを記録的な短時間で特定することに成功しました。
今後数年間のAI開発は、製薬会社が独立したAI企業と提携するという流れに沿って進められるとみられています。AIツールは、分子の特定、化合物のスクリーニング、治験のシミュレーションなどのタスクを実行することができ、短時間で何千もの操作を行うことができます。これによって、研究者は研究するプロジェクトにより広い定義を設定することができます。AIを使うことで研究者はより幅広い可能性から解決策を探り、迅速な結果を得ることができるようになります。
またAIは、手動のアプローチでは不可能な、膨大なレベルでの細かい分析を行うことができます。医薬品分野におけるAIの現在の応用例としては、Berg (ベルグ)社による研究があります。Berg社はAIツールを用いて、疾患の各段階における患者の組織サンプルを研究しています。AIツールは、1つのサンプルから14兆個ものデータサンプルを作成することができ、それらのデータポイントを病状の進行に合わせた他の組織サンプルと比較することができます。さらにBergのシステムは、この結果にNLPを使って発表された論文から得られた情報を加え、比較することを可能にしています。
もちろん理想は、全行程AIによる薬剤の設計、つまり、コンピュータに問題を与え、コンピュータがそれに合わせて錠剤を設計できるようになることです。ただ、近い将来AIがこのレベルの能力に達したとしても、現状では、AIによって発見された薬は社会の公共の財産としてみなされるため、ライセンスの観点から言うと、1つの大きな障害に直面することになるでしょう。
5. 薬剤のバーチャル試験
薬剤試験は、結果の信頼性から倫理上の懸念まで多くの点で問題があります。研究者の中には、肺などの特定の臓器から組織を培養する「Organ-on-a-chip(オーガン・オン・ア・チップ)」というソリューションで問題を回避しようとしている人もいます。ハーバード大学の研究者たちは、チップ上に完全な臓器のライブラリを作成する、「Human-on-a-chip(ヒューマン・オン・ア・チップ)」プロジェクトに取り組んでいます。
一方で、別のアプローチでは、生きている組織を全く使わない場合もあります。「in silico(イン・シリコ=コンピュータ上の仮想実験)」試験は、コンピュータ上でシミュレートが完結します。これはデジタル化合物をデジタル人体でテストし、実際の結果を得るものです。この種のバーチャル薬剤試験を使えば、製薬会社は数千ものヒト試験を数秒で行うことができ、一人の人間や動物の健康を危険にさらすこともありません。
もちろんこの種の試験は、利用可能なデジタルモデルがあればこそ有効なものです。複数の企業がバーチャルの人体モデルに取り組んでおり、例えばHumMod(ヒューモド)は5,000以上の医学論文に基づいたモデルを作成しています。
これらのモデルでは、AIとデータ分析を組み合わせて、被験者の完全な機能を再現・構築しています。そのため、デジタルモデルの有効性は利用可能なデータ量に依存します。時間の蓄積とともにこれらのモデルはますます正確で詳細なものとなり、将来的に製薬会社はヒト試験の第一ラウンドを開始する前に、大規模なin silico試験を実施することができるようになるかもしれません。
6. 5GとIoTによるスマートサプライチェーン
ここしばらくの間、IoT(モノのインターネット)は製薬業界においても存在感を高めてきました。IoTデバイスは車の中、製造施設、従業員が身につけているものまで多岐に渡ります。これらのデバイスはすべて、業務を円滑に進めるための重要な物流データを送信しています。例えば、輸送中のトラックで冷蔵庫が壊れたとします。その場合、IoTデバイスが温度上昇のアラームを発するかもしれません。そうすれば、配達が台無しになる前に冷蔵庫の異常を修復することができます。
これまでのところIoTの最大の問題は、生成されるデータが膨大であるという点でした。2018年には世界で70億台のIoTデバイスが存在しました。2025年までにはこれが220億台まで増加するとみられています。これは既存のデータインフラに大きな課題をもたらし、特にこれだけ多くのデバイスがモバイルデータを介して接続しようとしている場合には大きな問題となります。また、どのように接続してデータをサーバーに戻すかという問題もあります。多くのIoTデバイスは比較的シンプルなもので、温度や体重の情報を送るといった単一の機能を果たすためだけに存在しています。また、これらのデバイスは通常、モバイルデータ通信をするための複雑なオペレーティング・システムを持っていません。
IoTのパズルに欠けている部分が5Gです。5Gは、前述のような単一目的のIoTデバイスが、サーバー間で高速かつ信頼性の高い通信を実行するために設計されています。つまりこれを利用できれば、配送トラックには、温度からタイヤの空気圧まですべてのデータを通信する何十台ものIoTデバイスが備わることになるかもしれません。生産施設では、在庫レベル、生産性、故障についてのデータを伝える何千ものデバイスが備え付けられることになるでしょう。
これらすべてのデータを活用することで、エンドツーエンドで最適化された真のスマートな供給連鎖を構築することができます。そして自律走行型配送車など、ファーマテックサプライチェーンの次の時代の流れに向けて、一歩先のポジションを得ることにつながるでしょう。
7. 次世代のデータ分析
医薬業界は医薬品技術の破壊的な波によって大きな変貌を遂げようとしていますが、そのすべてにおいて共通していることは、膨大な量のデータが生成されるということです。IoTは毎日5兆バイトのデータを生成しています。このような天文学的な量のデータから価値を生み出すためには、データ収集に対する全く新しいアプローチが必要になるでしょう。
Gartner(ガートナー)社のデータトレンドに関する年次報告書には、製薬業界との関連性が高い項目がいくつか含まれています。注目すべき項目は以下の通りです。
「ダッシュボードはもう要らない」 – ほとんどの意思決定者は、アナリティクスといえば毎日チェックしなければならないダッシュボードを思い浮かべます。しかし、ダッシュボードには制限があり、多くの場合、基礎となるデータがすでに仮定されています。Gartner社は、今後はダッシュボードが廃れ始め、代わりに「データ・ストーリー」に道を譲るだろうと予測しています。これは、データが何を伝えようとしているのかを意思決定者が正確に理解するために役立つ、詳細でストーリー性のある情報です。
- 「Decision intelligence(デシジョン・インテリジェンス)」
ダッシュボードが廃れてしまえば、ビジネス・インテリジェンスの既存の考え方も共に消えていくこととなるでしょう。その代わりに、AIとデータ分析が既知の変数をモデル化し、詳細なシナリオと潜在的な影響をリーダーに提示する、「デシジョン・インテリジェンス・モデル」へと移行するでしょう。
- 「拡張されたデータ」
製薬会社は毎日、膨大な量の構造化されていないデータを扱っています。AIプロセスはそのデータを構造化し、アナリティクスで使用できるものに拡張する役目を果たします。NLPはその一例です。NLPがドキュメントを「読む」と、構造化されたメタデータのセットを生成することができ、このメタデータを使うことでデータ分析を改善することができます。
- 「クラウド移行の増加」
ビッグデータにはクラウドが欠かせません。クラウドストレージは安全で拡張性が高く、複雑なアナリティクス要求にも対応する処理リソースへのアクセスを可能にします。製薬会社がAIやアナリティクスへの依存度を高めていくに従って、既存のオンプレミスのシステムの多くがクラウド・プロバイダーへと移行していくことになるでしょう。
- 「企業向けブロックチェーン」
2021年は、製薬企業がブロックチェーンを主要なデータストレージツールとして採用し始める年になるかもしれません。ブロックチェーンには、すべてのデータを元のソースにさかのぼって追跡することを可能にするなど、多くの利点があります。
データはすべての新しいファーマテックの基礎となるものです。信頼性と拡張性が高く、安全なデータインフラストラクチャがなければ、どの製薬会社も今後10年間の勝負に参戦することはできません。今後数年間の課題は、データをハッカーの脅威から安全に守りながらインフラを拡張することです。
8. サイバーセキュリティの強化
製薬会社はここ数年、エリートハッカー達の第一のターゲットとなっています。2017年にはMerck(メルク)社がランサムウェア攻撃で3億ドルを失い、2019年にはRoche(ロシュ)社がマルウェアによって自社の知的財産が盗まれていることを発見しました。2020年にはCOVID-19ワクチン研究が、複数の国家がスポンサーとなったハッキングの対象となり、多くの製薬会社の脆弱性が露呈しました。
ほとんどの企業はこの分野の重要性を認識しており、製薬企業幹部の48%が、サイバーセキュリティが今後5年間で最も重要な技術投資分野になると回答しています。ファーマテックにおけるサイバーセキュリティの主な目標は以下の通りです。
- 知的財産が悪用されないように保護する
- 臨床試験のデータを含む個人情報のプライバシーを確保する
- ランサムウェアなどの犯罪的な攻撃に対抗する
- 業務とサプライチェーンの包括性を維持する
- データ分析の品質を維持する
サイバーセキュリティは進化する脅威です。製薬会社が防御力を強化する一方で、ハッカーは攻撃を洗練させています。その結果、製薬会社はデータセキュリティへの投資を続けなければならないという、終わりのない武装競争となっています。
現在のデジタルトランスフォーメーションの波は少なくとも、サイバーセキュリティへのアプローチを根本から見直す機会を与えています。今こそが、時代遅れのシステムをオフラインにし、解読不能な暗号化を施したクラウドベースのシステムに置き換えるチャンスなのです。
9. リモートワークの長所と短所
2019年末までには、すでに約500万人の米国市民が何らかの形で在宅勤務を経験していました。この数字は2020年には急増しており、各州の「shelter-in-place(シェルター・イン・プレイス」令を受け、雇用者は調整に奔走しています。規制が解除され始めても、従来のやり方に戻りたいという意見はあまりないようです。リモートワークは多くの場合、雇用者にとってはコスト削減、従業員にとってはワークライフバランスの改善に役立ちます。
しかしリモートワークは、前述のようなサイバーセキュリティ上の問題をさらに悪化させています。クラウドベースのアプリケーションでは、従業員がオフサイトで安全にデータを共有することを可能にしていて、多くの企業のコミュニケーションツールには高レベルの暗号化が施されています。しかしどのようなネットワークにおいても、人間の存在が弱点となります。製薬会社は、安全でないネットワークに接続したり、公共の場でノートパソコンを放置したりする従業員への対応を模索しなければなりません。
製薬企業はまた、VR(バーチャル・リアリティ)を利用したリモートワークという、新しいタイプの在宅勤務に革命を起こしつつあります。製薬業界ではVR技術の多岐に渡る応用が可能です。研究開発チームは、次世代の医薬品モデリングに使用できるビジュアルインターフェースを作成することができます。製造チームはVRを使用して、たとえ地球の裏側にいても生産施設をリアルタイムで監視することができます。営業チームはVRチャットルームで顧客とつながり、ソーシャルディスタンスを保ちつつ人との繋がりにプラスαを加えることができます。
10. 近づく患者との関係
製薬会社が顧客に直接マーケティングを行うようになって数年が経ちましたが、患者さんと直接関係を築く機会はいまだ限られたものです。しかし、いくつかの理由から、このような状況はすべて変わろうとしています。
第一に、デジタルマーケティングツールを使用することで、個人との双方向の会話を大きなスケールで行うことが可能になります。患者のニーズをターゲットとしてパーソナライズされたメッセージを送ったり、オンラインの患者アンケートを使って患者からのフィードバックを集めたりすることができます。健康情報を収集できるウェアラブル技術を利用する人も増えています。これらのデータは、研究とマーケティングの両方の面で非常に有益なものになります。
ところで患者は、製薬会社と自分の情報を共有したいと思っているのでしょうか?アクセンチュアの調査によると、信頼のある当事者・患者団体を介して要請があれば、患者は情報を共有するだろうと言われています。米国では回答者の64%が、患者団体と個人情報を共有することに肯定的だと答えています。また驚くべきことに84%の人が、製薬会社と患者団体はより緊密に連携すべきと考えていると答えています。
2021年に向けて
この10年のスタートは、控えめに言っても波乱に満ちたものでした。COVID-19のような世界的なパンデミックは、医療関係者であれば誰しもが想像する最大の課題です。
パンデミックによる波及効果もまた興味深いものでした。例えばThe Lancet(ランセット)誌に掲載された研究によると、アットホーム施策による大気汚染の低下によって、1万人以上の死亡が回避された可能性があると推定されています。COVID-19は、私たちの働き方、運動の仕方、身体に対する考え方、他者との関わり方を変えてしまいました。
2021年からの生活がどうであるかは、予想することが非常に難しいです。製薬会社にとっての課題は、変化する世界に俊敏に対応し、迅速に対応し、サポートを提供することです。幸いなことに、私たちはこの挑戦に立ち向かうために役立つ技術ツールを利用することができます。質の高いデータと適切なファーマテックがあれば、未来は明るいものになるでしょう。